MADARA・白の話――無花果
登場人物
銀子、柊(柿人)、鬱金王、淡路、黄土隊、亜麻の方、浅葱、群竹、志麻、朱理、更紗、橘、ボケボケじいさん、農民、仙人
用語
無花果
ミノタウロス
淡路
比叡山
人身御供
オイディプス神話
琵琶湖
「朝は四本足、昼は二本足、夕方は三本足で歩くものは?」
スフィンクス
アダムとイブ
内容
満月の晩、銀子が着物の襟元を緩め、柊に脱衣を促している。
「脱いで 柊」
銀子の腕は交差され、手は胸元にあてられ、右手には、薔薇の花が握られていた。
言われるままに、服を脱ぎ、背中を見せる柊。柊の背中は、全面が醜い傷跡で覆われていた。
薔薇を鞭のように柊の背中に叩きつけることで、新たな傷を作る銀子。そして、爪あとをつける。「ギッ」
「柊…」
銀子は、目を伏せ、そう呟いた。銀子の指からは、柊の血が滴り落ちていた。
『何がいけなかったのだろう?』
銀子は、懐古しだした。二人がまだ幼く、若かかった頃のことを。
幼い銀子は王室の庭にいた。庭には、様々な植物が見受けられる。
「柿人 柿人 こっちよー」
銀子は、「柿人」という少年を呼んだ。
「ほら 実がなってるの あれは何?」
「ああ 無花果ですよ 銀子さま 召し上がったことないですか
唐柿とも言いますね」
「柿人の親戚ね」
銀子は、はしゃいでいるようだった。
『何がいけなかったのだろう
わたくしは幸せな王家の姫だったのに』
またある日のこと、銀子は、異国の神話を読んでいた。
「ほら ミノタウロスという半人半獣の怪物が 迷宮にいるお話が面白いわ」
銀子が持っていた本は、顔が牛で、体が人間の怪物の絵が描かれたページが開かれていた。
と、銀子は、柿人の腕に傷ができているのに気がついた。
「剣の稽古でうっかりしました みっともない カスリキズですよ
先生は真剣を使われるので」
柿人は、そう言い恥ずかしげに腕を見せ、こう続けた。
「わたしは銀子さまをお守りするために 稽古をして強くなって
必ず心技体の揃った 剣士になります」
『そばにはいつも柿人がいた』
銀子は、嬉しそうに微笑み、柿人の傷に口付けをした。
「そんなことをなさってはいけません」
柿人は驚き、腕を戻した。
「なぜ こうするといいのよ」
「ダメです わたしのような者に」
柿人は、わかっていたのだ。二人が決して結ばれてはならないということを。
「銀子は 柿人が好きだもの」
「いけません お父上に叱られます」
柿人の心配は、的中し、銀子の父である国王は、銀子を呼び寄せた。
「銀子 あまり供の者と親しくなるのは いかんな 柿人には違う仕事をさせようか」
「お父上 まって下さい まって
柿人をよそへやらないで わたくしがいけないの わたくしが気をつけるから だから…」
「おお 銀子 銀子 泣くでない よしよし
柿人には分をわきまえるよう きつく言うだけにしよう」
『国王である父は 大勢いる 姫の中で わたくしだけを特別にかわいがっていたように思う』
『12の時 わたくしの縁談が決まった』
「おめでとうございます」
「柿人は 一緒に淡路へは来てくれないの?」
「わたしは王のもとで 剣の腕を役立てるように言われました」
「柿人 柿人 遊びにきてね」
「お幸せになって下さい! 銀子さま」
『馬車の中で わたくしは 誰にも知られないように泣いた』
『3年がたち わたくしは柿人と再会する』
「淡路どの 謀反! 一族皆さまのお首を頂戴いたします」
「謀反だと!? そんなバカなっ」
「黄土隊が来た」
「オーカー!?」
「奇襲隊だ」
「銀子さま あなたさまだけはお連れするよう国王に言いつかってまいりました」
『柿人が わたくしのために鍛えると言ったその剣で 夫を殺す
わたくしを滅ぼす 柿人が』
木の柱が銀子を直撃する。
「銀子さま!」
『あの父がわたくしを滅ぼす』
「死なせて 柿人 死なせて」
『死なせて!!』
炎の中、柿人は、銀子を抱え、走った。
銀子は、柿人に尋ねていた。
「なぜなの? なぜ助けたの なぜあのまま死なせてくれなかったの なぜ?」
柊は、何も答えなかった。
銀子の回想が再び始まった。
銀子は、寝室で寝ていた。
銀子は、あの奇襲の後、城に戻ったようだった。
『父は寄っていた その頃は酔っていない時間の方が珍しかった」
「銀子 銀子 足のケガはどうかね 医者はきっとよくなると言っておるぞ」
「来ないで お父上 お父上の顔なんか見たくない」
「かわいそうに だが これで良かったのだぞ
あの淡路めはろくでもないヤツだった おまえの婿にはふさわしくなかったのだ」
「そんなことはありません ありません お父上 謀反など 決して」
「ああ銀子 おまえがこんなに美しくなると知ってたら 嫁になど出さなかったものを」
「お父上…!?」
「おまえの母の亜麻も ずっとわしの気に入りだったがな 近頃は 年も食らって 少々鼻についてきたかな」
「お父上… 痛い… 放して」
「母の若い頃によく似てきたな」
そのとき、亜麻らしき人影が銀子の目に入った。
「お母さま お母さま 助けて」
『これは 何 ここにいるわたくしは何
言われるままに 嫁に行き 城を焼かれ 夫を殺され もう歩けない
わたくしは 何』
銀子を襲う国王は、狼であり、そして、牛だった。
銀子は、人形・・・。
『何がいけなかったのか それはわかりきったこと』
柊は、銀子に背中を思うようにさせながら、思っていた。
『わたしの罪―――』
(目線、語り手は、柊に移った)
季節は、秋になり、銀子は、子を宿し、比叡の山にこもった。
柿人は、銀子に足を動かす練習をすることを勧めたが銀子は、応じなかった。
「歩かないの だって 人形だもの」
そして、うつろな目でこう言った。
「ねえ 柿人 わたくしは何を産むのかしら?」
銀子は、逆上した。
「ねえ わたくしは何を産むの 柿人」
「淡路の太守の忘れ形見かもしれません 王は殺せとおっしゃるでしょうが
密かに人の手に渡すことも…」
「ほ… 淡路の? 夫の ほ… ほほほほ ははは あははは」
「銀子さま!?」
「もう顔も思い出せない夫の!
わたくしが大人になるまで待つと言ってくれた夫の!
わたくしに 指一本触れなかった夫の!
何もなかったのよ 柿人
わたくしたちには何も」
『殺して 早く わたくしを 殺して』
5月になり、男の子が生まれ、一声弱々しく泣いて 黙った。
銀子は、言い続けた。
「殺して 殺して 殺して」
『そして わたしは 罪を犯す』
柿人は、女中たちの噂を耳にした。
その噂とは、夜中に女の人の幽霊が出るというものだった。
二十六夜が出る夜、柿人は、出歩く銀子を見つけた。
「銀子さま!?」
「何をしているんです いけませんそんな無理をしては 本当に足をダメにしますよ」
「あの子は? あの子は どこ どこ?」
「生まれてすぐ死にました 王にもそう届けました」
「声を聞いたわ」
「わたしが殺して 埋めました」
「では 掘り起こして 返して 返して」
「あれは ミノタウロスなの 怪物は 迷宮へ入れなければ
返して 返して柿人」
柿人は、浅葱を抱いていた。
『わたしの罪 この子を 人身御供に それで銀子さまが生きてゆけるなら』
『銀子さまさえ 生きてゆけるなら この子を 迷宮に閉じ込めても
誰が傷ついても 呪われて傷ついて死んでも かまわない』
浅葱に乳を与えている銀子。
「かわいい子」
しかし、次の場面では、浅葱の顔は、牛の顔になっていた。
「卑しい子」
銀子は、外出しては子供を拾ってくるようになった。
銀子の周りには、幼き群竹の姿がある。
「王に男の子が生まれたんですって
藍良という名よ 蒼の王ね
わたくし この子の名前を決めたわ
浅葱というの どうかしら」
「なぜ… 青い色の名を?」
「おまえがわたくしを殺してくれないから
この子は 迷宮で育つの そしていつか迷宮を出る時には
国を滅ぼし 王を滅ぼし わたくしを滅ぼしてくれるでしょう」
柿人は、そこらで遊んでいる少年の頭をぱふと叩いた。
「あの子を見ていてやってくれるか」
少年は、「はい」と答えたが、その意味は、わかってはいないようだった。
そして、その少年とは、群竹であった。
翌年、王は銀子に白の王という称号を与えた。
回想は、終了した。
「柊… もうその名には慣れて? 柿人」
「はい 白の王の下僕として 美しい名をいただきました」
「ねえ 浅葱は本当は何?」
「本当はどこから盗んできたの?
わたくしの子は死んでしまったから」
「わたしは罪を犯しました
あなたの足をお治しして どうしても 陽の下にお連れするべきだったのに
あの子を差し出したために あなたは歩かず
陰の中に縛られたまま…」
「おまえの罪? どの罪? 淡路を焼いて 夫を殺した罪?
私を殺さない罪? 何をされても怒りもしない罪?
私に触れようともしない罪!?」
コップが落ち、中に入っていた液体が銀子の足にかかった。
「舐めて」
「ちゃんとよ 柊 もっとちゃんと 柊……」
『柿人』
『柿人』
『柿人』
「ああ…っ 抱きなさい わたくしを 抱きなさい 柿人」
『柿人』
「わたしは このヤケドを負って以来
男として 機能しません
心も体も 消え失せて わずかに技が残るのみです」
「ほ… ほほ… ほほほほ ははは 行って! 消えなさい 役立たず」
『柿人』
群竹、蘭丸、梅若の三人に囲まれ浅葱がいる。
格好は、牛である。
「浅葱 あなたは本当は蒼の王なの わたくしの弟なのよ
わたくしのかわいい浅葱」
時計が描写され、場面は、王城に移る。
「姉上 僕は行きます」
「迷宮を出ていくのね」
「白の大姉… あなたは」
銀子の身を案じる群竹に、銀子は、表情を変えなかった。
「わたくしは いつも いつまでも ここにいるのよ」
『迷宮にいたのは わたくしのほう………?』
「柿人 柿人 柿人」
だが、柿人は、既に息絶えていた。
「何がいけなかったのか… すべてわたくしのせいだわ」
同じく王城にいる亜麻の方が志麻に語っていた。
「亜麻のおかた様…?」
「王が わが娘に何をしたのか わたくしは見ていて
知っていて 見ぬふりをした…
王妃でいるために 正王妃であり続けるために
息子のことも同じ
いずれ 父親を滅ぼすだろうと
オイディプス神話のような予言をされて
産むまいとしたのよ 体を痛めつけ
おかしな薬を飲んで」
『王妃であるために 王の機嫌を損ねないように』
「けれど あの子は 生まれてきた
逆らって 暴れて 勝手をして やっかいな子
おかげで わたくしは正王妃の座を追われることになったわ
今また この城を攻めている
わたくしの産んだ子が これは報いね」
「………あの… 不思議 イヤそうに見えないんですけど
本当は誇りに思ってらっしゃる? 朱理のこと」
亜麻は何も答えなかった。
「…王家が滅んだら どうされるんですか?」
「元正王妃として 恥ずかしくないようにしますよ」
「母上!」
「あなたが死ぬことはないいっ」
『朱理… そんなことを言ってくれるのですか
わたくしは王のそばで王に気に入られ
あなたが殺されないようにするのが精一杯でした』
「愛していなかったはずがないよ 赤の王
あなたが 今 生きてるということが 愛されてたということだよ」
『ああ ここは 淡路なの? 同じね』
「柿人…」
『柿人が来てくれる』
「柿人…」
「柿人」
壊れた時計
場面は、城から逃げた王と橘の場面に。
「一体何がいけなかったのじゃ 橘! 決まっておる わが息子じゃ
亜麻に惑わされずにさっさと殺せばよかったのだ」
「王よ お静かに 誰が聞いてるとも限りません」
「わしゃ疲れた!」
「ここは もう蓬莱山の麓です 琵琶湖を渡って北へ行きま…」
橘がそう言い終らないうちに、物音がし、その方向を見ると、一人の老人が立っていた。
「あれ こんにちはー
朝は4本足でー 昼は2本足ー 夜は3本足のものてなーに
ていうなぞなぞを仙人が言うんやけどー
なんやと思うー?」
「じじい 頭が弱いのか」
「王よ 水を探してきます」
「そっちの上に湧いてるー」
「ありがとう」
老人は、微笑んだ。
「うちの息子がなかなか帰って来えへんのやけど 見ませんでしたー?」
厄介だと感じた王は、老人に、印籠を渡し、自分たちのことを誰にも言わないようにと命じた。
老人は、里へおりた。
「よう じいさん 野菜でも持ってくかーい」
「お薬ないかなー思て」
「あん? また熱でも出たんかい」
「くたくたに疲れて 足が痛いーて」
「誰が… おい! それはなんだ!?」
村人達が、鍬などを持って、二人の前に現れた。
さきほどの老人が仙人の元へ戻った。
「あっ あー 仙人ー なぞなぞの答え わかったー
あの人 杖 ついてたからー
赤ちゃんが大人になって 杖ついてー
答えはー にんげん?」
「そう 人間
人というものの一生のことだよ」
橘と王は農民によって、殺された。
『何がいけなかったのか わたくしは知っているの
あの実を食べたから アダムとイブが食べた
本当の禁断の実
花を咲かせず 実をつける
わたくしと同じね』
「ねえ柿人 あれは何? 無花果ですよ 食べてみますか?」
『何がいけなかったのだろう?』
銀子、柊(柿人)、亜麻の方、鬱金王が自問する。柿人、亜麻の方が自分の所為だと自答している中、鬱金王が朱理の所為だと言っているのが印象的。